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ユニバーサルデザインは思ったよりずっと優しかったお話。

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こんにちは。

ルーツのデザイン先生です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ままならない日々。

ままならぬすらままならぬ滑舌。

 

 

 

 

 

 

 

事務所に来るまで、最寄駅から必ず一緒のタイミングで地上に上がり

途中まで一緒のペースで歩く女性がいます。

 

 

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存在はお互い認知しているようで

この雑踏の中でもなんとなく奇妙な連帯感で

並びで地上まで上がります。

 

 

 

 

また同じ道を歩き、先に左にあちらが曲がり、

今日もいつも通り、

 

 

 

と思いきや

 

 

 

今日は曲がらず、ぼくが先に曲がることになりました。

 

 

 

ほぼ同じペースで歩いていて、

あちらが先に左に曲がるものですから、ぼくはいつも右側を歩いています。

 

 

 

曲がらないものですから、今日は少し交錯する形になりました。

軽く会釈しながら前を横切り左に曲がったとき

初めてきちんと目が合わせました。

 

 

 

そのまま、お互いそれぞれ歩みを進め別れました。

 

 

 

 

「そういえば、この後あのひとはいつも、どこに行っているんだろう。」

 

 

 

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はじめてそんなことを思いました。

 

 

 

あのひとがどこに向かい、何をしているのかなんて、

これまで気にしたことがなかった。

 

 

 

 

というか、

あのひとが何かしているなんて、考えたことがなかった。

 

 

 

 

気になる、とかそういう感情は

すごくささいな、かんたんなことなんだと思う。

 

 

 

ひとを知りたいと思うことはおもしろい。

 

 

 

ままならぬ日々も、悪くない。

 

 

 

 

 

 

どうも、デザイン先生です。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういうお仕事をしているものですから、

必要な機会がありまして。

 

 

 

集中講義を受け、試験を受け、

ユニバーサルデザインのコーディネーターの資格を取得してきました。

 

 

 

 

 

 

法定雇用率、バリアフリー、ユニバーサルデザイン。

障がい者の方が暮らしやすい、生きやすい環境を作ろうと、

2020年に向けて、昨今の世の中は特に頑張っているように思います。

 

 

 

 

 

それはとてもすばらしいことで

 

だれかが、だれかがひとりではできないことを、

だれかの手となり、足となり、助けようと動くことは

美しい行動だと、ぼくは思います。

 

 

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ただ、ユニバーサルデザインは

そんなぼくの思いを、良い意味で打ち砕いてくれました。

 

 

 

ユニバーサルデザインは

「誰かの自己犠牲」を許さないのです。

 

 

 

なぜならそれは、「つづかない」からです。

 

 

 

 

 

 

認知症の人は同じことを何度も言います。

だけどそれは仕方のないことだから、周りの人はイライラしても我慢する。

今まではぼくもそうでした。

 

 

 

 

ぼくの祖母は、祖父が亡くなりひとりになってから、

すごい勢いで呆けはじめました。

 

 

 

さっきまで一緒に楽しくご飯を食べていたのに

ご飯を食べて30分経つと、ごはん食べたっけと言い出します。

 

 

 

会いに行き、話し、帰り、30分経つと、会っていたことを忘れているそうです。

 

 

 

徘徊までのものではありませんが

昔の姿を知っているぶん、歳をとったんだなあと、少し寂しくもなります。

 

 

 

毎日祖母と生活をしている父や母の心労は

なかなかなものだと感じます。

 

 

 

「せめてもの恩返し」だとか「仕方ないことだからね」

そう言ってふたりは、そういう日々を受け止めて暮らしています。

心から立派だと思います。

 

 

 

 

 

けれどユニバーサルデザインの考え方では

 

 

祖母の症状それ自体を障がいと捉えるだけではなく

祖母の認知症による心労、ストレスを父や母が被っている場合

その事実をつくっている事象や環境もまた「障がい」と捉えるのです。

 

 

 

そのひとが何度もそれを言う理由は「そのひと自身にある」とは考えず

「環境にある」という前提で考えます。

 

 

 

それ自体は変えられない、問題は環境にあると言う前提で、

環境を変えることで、その人が何度も同じことを言う理由をなくすのです。

そうすることで、周囲の人たちのストレスも軽減していく。

 

 

 

 

 

「マイノリティも、マジョリティも」諦めない。

 

 

 

それがユニバーサルデザイン。

確かに言われてみれば本来そう言う意味です。

 

 

 

ただ私たちは、

「ユニバーサルデザインといえば障がい者」

といったバイアスを勝手に抱えてしまっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表参道ヒルズは、ユニバーサルデザイン、バリアフリー商業施設として

非常に評価の高い建物です。

 

 

 

以前、森ビルの某施設の入り口回転扉で事故がありました。

 

 

 

表参道ヒルズはそのイメージを払拭するためとの思いもあって

つくられた施設です。

 

 

 

段差のない動線。全てのフロアが斜線で結ばれているデザインは

安藤忠雄氏が設計したこともあり、当時多くな注目を浴び、見事だと賞賛されました。

 

 

 

 

 

ただ、実際に車椅子のひとが利用するとどうなるのでしょうか。

 

 

 

 

動線全体がスロープであるということは、基本的に斜めの道を進んでいます。

上の階に上がれるということを目的とすると達成されていますが、

体験するとよくわかりますが、マジできつい。

 

 

 

あの角度のスロープは、簡単に車椅子では転けます。

のぼるには、正直相当な体力を必要とします。

 

 

 

また、車椅子の場合、くだりは基本的に後ろ向きです。

あの角度はそれこそ恐怖です。

 

 

 

さらに、店舗の入り口まで斜めにすることはできません。

必然、スロープと店舗入り口の間には段差が生じます。

 

 

 

 

 

結論、あの建物では結局、車椅子の方は玄人でない限り、

ウィンドウショッピングでさえまともにできないのです。

 

 

 

 

 

車椅子の方が安心して使える建物でない限り

周囲の健常者もまた、安心してそういった方々を見ることができません。

 

 

 

それでは、ユニバーサルデザインにはならないんですね。

 

 

 

 

 

障がいそれ自体ではなく、障がいを障がいたらしめている環境を改善していく。

障がい者自身も、健常者も。

マイノリティも、マジョリティも。

これはかなり重要な考え方だと思います。

 

 

 

 

 

障がいを特別視せずに、お互いストレスフリーに

誰も我慢せずに過ごしていく。

これはなかなか大変なことです。

 

 

 

 

 

ただ、実現する価値は大いにあると思います。

まさに理想だからです。

優しい。これがふつうになった世界はきっと、すごく優しい。

 

 

Glcklich sein: Hnde spielender Kinder vor Blumenwiese :)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではでは、本日はこの辺で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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